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活動再開しています!

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 新型コロナ対策でお休みしていたガイド業務ですが、現在対策をしながら通常通りガイドをしています。
 7/6はホームページのリニューアル用の写真を撮ったり、百合の球根の植え付けも行いました。久しぶりにボランティアガイドの皆さんが大勢集まりました。今帰仁城跡にお越しの際は、ぜひ無料案内ガイドをご利用ください。

真夏の今帰仁グスク

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夏の今帰仁グスクを写真でご紹介します。

写真上:gusuku photo galleryより 2010年 撮影武田裕司氏
写真下:会誌10周年記念号より 2012年 撮影西谷

夏のグスク二人歩く
ひおどしの鎧_レプリカ            画像(1)


画像(1)は中山王に敗れた北山王 攀安知(はんあんち)が、武装したとされる「火威の鎧」(ひおどしのよろい)のレプリカ。「北山滅亡600年」の講演会場にて撮影。

当時、琉球では日本式の鎧を身に着けていたことがわかっている。今帰仁グスクから、小札(こざね)という鎧の部品が出土している。


書物に記された攀安知の姿は次のとおり。

「赤地ノ錦ノ直垂(ひたたれ)ニ、火威(ひおどし)ノ鎧(よろい)ヲ着、龍頭ノ甲(かぶと)の緒ヲシメ、千代金丸トテ、重代相伝ノ太刀ヲハキ、三尺五寸の小長刀(なぎなた)ヲ腋ニ挟ミ」

直垂とは、鎧の下に着る衣服。火威とは甲冑の小札(こざね・鉄や皮製の板)をつなぐ赤色のヒモのこと。


『中山世鑑』という首里王府編さんの書物には、攀安知の姿が、このように詳しく描かれている。この記述を基に上里隆史氏がイラスト化した。画像(2)

記述通りなら全身真赤で長刀持ちになるが、配色のバランスを考え、また、千代金丸を持たせて、イラストのようになっている。甲(かぶと)の龍の頭が、画像(1)のレプリカと比べると豪華な感じ。イラストは和々さん。

攀安知の姿、イラストは和々さん。
               画像(2)

今帰仁グスクを学ぶ会 会誌 10周年記念特別号に掲載された研究論文「北山王攀安知のイラスト復元の試み---『琉球戦国列伝』を通じて---」を基にこの記事を掲載しました。

テンチジアマチジの御嶽
クバの御嶽に遥拝所から祈るひとたち
今帰仁城内のテンチジアマチジと呼ばれる御嶽(うたき)、すぐ近くにあるクバの御嶽。この2つの御嶽が日本国指定の名勝に追加されます。

琉球新報が報じました。

写真上がテンチジアマチジの御嶽。下はクバの御嶽へ遥拝所から祈るひとたち。
これら2つの御嶽は、こんにちでも信仰の対象となっています。

名刀千代金丸がついに公開されました

攀安知(ハンアンチ)王の名刀千代金丸
今帰仁グスクにまつわる、名刀千代金丸が、歴史分化センターで公開展示されています。レプリカですが、精緻な作りとその光り輝く姿は、一見の価値ありです。

当然ながら、写真撮影は出来ませんので、Facebookから転載しています。

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